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ローマの信徒への手紙

聖書 — 新約 • キング・ジェームズ版、聖なる名の読解テキスト

全文所蔵:検証済みの KJV 原典(Project Gutenberg #10)から、David の聖なる名の編集法(2026-10-11)に従って構築した、ローカル正典プロセスの読解テキスト。新約における「Lord」の全用例は、構築のフラグリストにおいて David のレビューのためにフラグが立てられています。

聞くと読む — あなたの言語で

これはこの一つのウェブサイトに対する David の設計です:ある言語で聞きながら、別の言語で読む——フランス語で本を聞き、目ではスペイン語を追うと、言語が自らを教えてくれます。以下の二つの選択は独立しています。

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第1章

1 パウロ、イエシュア・メシアのしもべ、使徒として召され、ヤハウェの福音のために選び分けられた者から、

2 (この福音は、ヤハウェが聖なる書物の中で預言者たちを通して以前に約束されたものである)

3 その子イエシュア・メシアに関するものである。御子は肉によればダビデの子孫から生まれた。

4 そして、死者の中からの復活により、聖さの霊にしたがって、力をもってヤハウェの子と宣言された。

5 御子によって、我らは恵みと使徒職を受けた。御子の名のために、すべての国民の中に信仰の従順をもたらすためである。

6 その中には、イエシュア・メシアのものとして召されたあなたがたもいる。

7 ローマにいる、ヤハウェに愛され、聖徒として召されたすべての者たちへ。あなたがたに恵みと平安が、我らの父ヤハウェとイエシュア・メシアからあるように。

8 第一に、わたしはイエシュア・メシアを通して、あなたがたすべてのためにわたしのヤハウェに感謝する。あなたがたの信仰が全世界に言い広められているからである。

9 ヤハウェはわたしの証人である。わたしは御子の福音において霊をもってその方に仕え、絶えず祈りの中であなたがたを覚えている。

10 どうにかして今ついに、ヤハウェの御心によって、あなたがたのところへ行く順調な旅が与えられるよう願い求めている。

11 わたしはあなたがたに会いたいと切望している。あなたがたを堅く立たせるため、何らかの霊の賜物をあなたがたに分かち与えるためである。

12 すなわち、あなたがたとわたしの互いの信仰によって、あなたがたと共に慰められるためである。

13 兄弟たち、あなたがたに知らずにいてほしくない。わたしはしばしばあなたがたのところへ行こうと思ったが(今まで妨げられてきた)、他の異邦人の中におけるように、あなたがたの中でも何らかの実を得るためである。

14 わたしはギリシア人にも未開人にも、知恵ある者にも愚かな者にも、負い目がある。

15 だから、わたしにある限り、ローマにいるあなたがたにも福音を宣べ伝える用意がある。

16 わたしはメシアの福音を恥としない。それは、信じるすべての者にとって救いへのヤハウェの力であるからである。ユダヤ人にまず、ギリシア人にもである。

17 その中に、ヤハウェの義が信仰から信仰へと現されているからである。こう書かれているとおりである。「義人は信仰によって生きる」。

18 ヤハウェの怒りが、不敬虔と不義のすべてに対して天から現されているからである。不義の中に真理を抑えている人々に対してである。

19 ヤハウェについて知り得ることが、彼らのうちに明らかであるからである。ヤハウェがそれを彼らに示されたからである。

20 世界の創造以来、ヤハウェの見えない事柄、その永遠の力と神性は、造られたものによって悟られ、はっきりと見える。だから彼らには弁解の余地がない。

21 彼らはヤハウェを知りながら、ヤハウェとして崇めず、感謝もしなかったからである。かえって、彼らは思いにおいて虚しくなり、愚かな心は暗くなった。

22 自分たちは知恵ある者と公言しながら、愚か者となった。

23 そして、不滅のヤハウェの栄光を、滅びる人や鳥や四つ足の獣や這うものに似た像に変えた。

24 それゆえ、ヤハウェも彼らを、彼ら自身の心の欲望によって汚れに引き渡し、彼ら自身の間で彼ら自身の体を辱めさせられた。

25 彼らはヤハウェの真理を偽りに変え、造り主よりも被造物を拝み、仕えた。造り主は永遠にほめたたえられる方である。アーメン。

26 このゆえに、ヤハウェは彼らを卑しい情欲に引き渡された。彼らの女たちでさえ、自然な用いを自然に反するものに変えたからである。

27 同様に男たちも、女の自然な用いを捨て、互いへの欲望に燃え、男が男と恥ずべきことを行い、彼らの誤りの当然の報いを彼ら自身のうちに受けた。

28 彼らはヤハウェを知識の中に留めることを好まなかったので、ヤハウェは彼らを退けられた心に引き渡し、ふさわしくないことを行わせられた。

29 あらゆる不義、淫行、悪意、貪欲、悪念に満たされ、ねたみ、殺人、争い、欺き、悪意に満ち、陰口を言う者、

30 中傷する者、ヤハウェを憎む者、侮る者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、両親に逆らう者、

31 理解のない者、約束を破る者、自然な情愛のない者、和解しない者、無慈悲な者となった。

32 彼らはヤハウェの裁きを知っている。すなわち、そのようなことを行う者たちは死に値することを。それでも、同じことを行うだけでなく、それを行う者たちを喜ぶのである。

第2章

1 したがって、裁く者よ、あなたはだれであっても弁解の余地がない。あなたは他人を裁くその点において、自分自身を罪に定めている。裁くあなたも同じことを行っているからである。

2 しかし我らは知っている。ヤハウェの裁きは、そのようなことを行う者たちに対して、真理にしたがって下されることを。

3 人よ、そのようなことを行う者たちを裁きながら、自分も同じことを行うあなたは、ヤハウェの裁きを免れると思うのか。

4 それとも、あなたはその方の豊かな慈しみと忍耐と寛容を軽んじるのか。ヤハウェの慈しみがあなたを悔い改めに導いていることを知らないのか。

5 しかしあなたは、かたくなさと悔い改めない心によって、怒りの日、すなわちヤハウェの正しい裁きの現れる日のために、自分自身に対して怒りを積み上げている。

6 その方は、各人にその行いにしたがって報いられる。

7 忍耐をもって善行を続けて、栄光と誉れと不滅を求める者たちには、永遠の命を。

8 しかし、争いを好み、真理に従わず、不義に従う者たちには、憤りと怒りを。

9 悪を行うすべての人の魂の上に、苦難と苦悩がある。ユダヤ人にまず、異邦人にもである。

10 しかし、善を行うすべての人には、栄光と誉れと平安がある。ユダヤ人にまず、異邦人にもである。

11 ヤハウェには、えこひいきはないからである。

12 律法なしに罪を犯した者はみな、律法なしに滅びる。律法のもとで罪を犯した者はみな、律法によって裁かれる。

13 (律法を聞く者がヤハウェの前に義なのではなく、律法を行う者が義とされるからである。

14 律法を持たない異邦人が、生まれつき律法の命じることを行うとき、彼らは律法を持たなくても、自分自身にとって律法である。

15 彼らは、律法の行いが自分たちの心に書かれていることを示している。彼らの良心も共に証しし、彼らの思いは互いに責めたり、弁明したりする。)

16 それは、ヤハウェがわたしの福音にしたがって、イエシュア・メシアによって人々の隠れたことを裁かれる日に現れる。

17 見よ、あなたはユダヤ人と呼ばれ、律法に安んじ、ヤハウェを誇りとし、

18 その方の御心を知り、律法から教えられて、より優れたことを見分け、

19 自分は盲人の案内者、闇の中にいる者たちの光であると確信している。

20 愚かな者の指導者、幼子の教師であり、律法の中に知識と真理の型を持っている。

21 それでは、他人を教えるあなたは、自分を教えないのか。人に盗むなと宣べ伝えるあなたは、盗むのか。

22 姦淫するなと言うあなたは、姦淫するのか。偶像を忌み嫌うあなたは、神殿の物を盗むのか。

23 律法を誇るあなたは、律法を破ることによってヤハウェを辱めるのか。

24 こう書かれているとおり、「ヤハウェの名が、あなたがたのゆえに異邦人の間で冒涜されている」からである。

25 あなたが律法を守るなら、割礼は確かに益になる。しかしあなたが律法を破る者なら、あなたの割礼は無割礼となった。

26 それゆえ、無割礼の者が律法の義を守るなら、その無割礼は割礼とみなされないだろうか。

27 また、生まれつき無割礼の者が律法を全うするなら、文字と割礼を持ちながら律法を破るあなたを裁かないだろうか。

28 外見上のユダヤ人がユダヤ人なのではない。また、肉における外見上の割礼が割礼なのではない。

29 内面のユダヤ人こそユダヤ人である。また割礼とは、心の割礼であり、文字によってではなく、霊によるものである。その誉れは人からではなく、ヤハウェから来る。

第3章

1 それでは、ユダヤ人の優れているところは何か。割礼の益は何か。

2 あらゆる点で多い。第一に、彼らにはヤハウェの言葉が委ねられたことである。

3 一部の者が信じなかったら、どうなるのか。彼らの不信仰が、ヤハウェの真実を無効にするだろうか。

4 ヤハウェが禁じられる。むしろ、人はみな偽り者であっても、ヤハウェは真実であられる。こう書かれているとおりである。「あなたが言葉を語られるときに義と認められ、裁かれるときに勝利を得られるためである」。

5 しかし、我らの不義がヤハウェの義を際立たせるなら、何と言おうか。報復されるヤハウェは不正なのか。(わたしは人のように語っている)

6 ヤハウェが禁じられる。そうでなければ、ヤハウェはどうして世を裁くことができようか。

7 ヤハウェの真理が、わたしの偽りによってその方の栄光のためにますます満ちあふれたのなら、なぜわたしはなお罪人として裁かれるのか。

8 むしろ、「善が来るように、悪を行おう」とすべきではないか。我らはそのように中傷され、一部の者は我らがそう言っていると主張している。彼らの受ける罪の宣告は正しい。

9 それではどうなのか。我らは彼らより優れているのか。決してそうではない。我らはすでに、ユダヤ人も異邦人も、みな罪のもとにあると告発したからである。

10 こう書かれているとおりである。「義人は一人もいない。一人もいない。

11 悟る者はなく、ヤハウェを求める者はない。

12 みな道を外れ、共に無益な者となった。善を行う者はいない。一人もいない」。

13 彼らの喉は開いた墓である。彼らは舌で欺きを行った。彼らの唇の下にはまむしの毒がある。

14 彼らの口は呪いと苦さに満ちている。

15 彼らの足は血を流すのに速い。

16 彼らの道には破滅と悲惨がある。

17 彼らは平和の道を知らなかった。

18 彼らの目の前には、ヤハウェに対する恐れがない。

19 さて、律法が語ることはすべて、律法のもとにある者たちに語られていることを我らは知っている。すべての口が塞がれ、全世界がヤハウェの前に有罪となるためである。

20 それゆえ、律法の行いによっては、どんな肉なる者もその方の前に義とされない。律法によって、罪の知識が来るからである。

21 しかし今、律法とは別に、ヤハウェの義が現された。それは律法と預言者たちによって証しされている。

22 すなわち、イエシュア・メシアへの信仰によるヤハウェの義であり、信じるすべての者に及び、すべての者の上にある。そこに区別はないからである。

23 すべての人が罪を犯し、ヤハウェの栄光に届かなくなっているからである。

24 彼らは、メシア・イエシュアにある贖いを通して、その方の恵みによって、ただで義とされる。

25 ヤハウェはその方を、御血への信仰による宥めの供え物として示された。過ぎ去った罪の赦しにおいて、ヤハウェの忍耐のうちに、その方の義を宣言するためである。

26 今の時にその方の義を宣言するためである。その方が義であり、イエシュアを信じる者を義とするためである。

27 それでは、誇りはどこにあるのか。それは締め出された。どんな律法によるのか。行いの律法か。そうではない。信仰の律法によるのである。

28 それゆえ我らは結論する。人は、律法の行いなしに、信仰によって義とされる。

29 その方はユダヤ人だけのヤハウェなのか。異邦人の方でもないのか。そう、異邦人の方でもある。

30 ヤハウェは唯一である以上、割礼ある者を信仰によって、無割礼の者を信仰を通して義とされる。

31 それでは、我らは信仰によって律法を無効にするのか。ヤハウェが禁じられる。むしろ、我らは律法を確立する。

第4章

1 それでは、我らの父アブラハムが、肉にしたがって何を見出したと言おうか。

2 もしアブラハムが行いによって義とされたなら、誇るところがある。しかしヤハウェの前ではない。

3 聖書は何と言っているか。「アブラハムはヤハウェを信じた。そして、それが彼の義とみなされた」。

4 働く者にとって、報酬は恵みによるものとはみなされず、借りによるものとみなされる。

5 しかし、働かず、不敬虔な者を義とする方を信じる者にとって、その信仰が義とみなされる。

6 ダビデも、行いなしにヤハウェが義をみなされる人の幸いを述べているとおりである。

7 「不法が赦され、罪が覆われた者たちは幸いである。

8 ヤハウェが罪をみなされない人は幸いである」。

9 それでは、この幸いは割礼ある者だけに来るのか、それとも無割礼の者にも来るのか。我らは言う。信仰がアブラハムにとって義とみなされた、と。

10 それでは、それはどのようにみなされたのか。彼が割礼を受けていた時か、無割礼であった時か。割礼の時ではなく、無割礼の時である。

11 彼は割礼のしるしを受けた。それは、まだ無割礼であった時に持っていた信仰の義の封印であった。彼が、割礼を受けていなくても信じるすべての者の父となるためである。義が彼らにもみなされるためである。

12 また彼は割礼ある者の父である。すなわち、割礼に属するだけでなく、我らの父アブラハムがまだ無割礼であった時に持っていた信仰の足跡を歩む者たちの父である。

13 彼が世の相続人となるという約束は、アブラハムにもその子孫にも、律法を通してではなく、信仰の義を通して与えられたからである。

14 律法に属する者が相続人であるなら、信仰は無効となり、約束は効力を失う。

15 律法は怒りをもたらすからである。律法のないところには、違反もない。

16 それゆえ、それは信仰によるものであり、恵みによるものであるためである。約束がすべての子孫に確かになるためである。律法に属する者だけでなく、アブラハムの信仰に属する者にもである。彼は我らすべての父である。

17 (こう書かれているとおり、「わたしはあなたを多くの国民の父とした」)彼は信じた方の前で、すなわち、死者を生かし、存在しないものを存在するもののように呼ばれるヤハウェの前でそうである。

18 彼は希望に反して、希望をもって信じた。多くの国民の父となるためであり、語られたとおりであった。「あなたの子孫はそのようになる」。

19 彼は信仰に弱くなることなく、自分の体がすでに死んだようであることを考えなかった。彼がおよそ百歳の時であり、サラの胎の死んだような状態についても考えなかった。

20 彼は不信仰によってヤハウェの約束を疑わず、信仰に強くなり、ヤハウェに栄光を帰した。

21 そして、約束されたことを、その方は行うこともできると完全に確信していた。

22 それゆえ、それは彼の義とみなされた。

23 しかし、「それが彼にみなされた」と書かれたのは、彼のためだけではない。

24 我らのためにもである。死者の中からイエシュアを起こした方を信じるなら、我らにもみなされるのである。

25 その方は、我らの違反のために引き渡され、我らの義とされるために起こされた。

第5章

1 それゆえ、信仰によって義とされた我らは、我らのイエシュア・メシアを通して、ヤハウェとの平和を持っている。

2 その方によって、我らは信仰によって、立っているこの恵みに入ることを得、ヤハウェの栄光の希望を喜んでいる。

3 それだけでなく、我らは苦難をも喜ぶ。苦難が忍耐を生むことを知っているからである。

4 忍耐は練達を、練達は希望を生む。

5 希望は恥をかかせない。ヤハウェの愛が、我らに与えられた聖霊によって、我らの心に注がれているからである。

6 我らがまだ弱かった時、ふさわしい時にメシアは不敬虔な者のために死なれたからである。

7 義人のために死ぬ者は、ほとんどいない。善人のためには、あえて死ぬ者もいるかもしれない。

8 しかしヤハウェは、我らに対するその方の愛を示される。我らがまだ罪人であった時、メシアが我らのために死なれたことによってである。

9 それゆえ、なおさら、今その方の血によって義とされた我らは、その方を通して怒りから救われる。

10 もし我らが敵であった時に、その方の子の死によってヤハウェと和解させられたのなら、和解させられた今、なおさらその方の命によって救われるからである。

11 それだけでなく、我らは、我らのイエシュア・メシアを通してヤハウェを喜ぶ。その方によって、我らは今和解を受けたのである。

12 それゆえ、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入ったように、死はすべての人に広がった。すべての人が罪を犯したからである。

13 (律法が来るまで、罪は世にあった。しかし、律法がない時には、罪はみなされない。

14 それでも死は、アダムからモーセまで支配した。アダムの違反の類似にしたがって罪を犯さなかった者たちの上にもである。アダムは、来るべき方の型である。

15 しかし、無償の賜物は違反のようではない。一人の違反によって多くの者が死んだのなら、なおさら、ヤハウェの恵みと、一人の人イエシュア・メシアによる恵みの賜物が、多くの者に満ちあふれた。

16 また賜物は、罪を犯した一人によるものとは異なる。裁きは一人によって罪の宣告に至ったが、無償の賜物は多くの違反から義とすることに至る。

17 一人の人の違反によって、死が一人によって支配したのなら、なおさら、恵みの豊かさと義の賜物を受ける者たちは、一人の人イエシュア・メシアによって、命において支配する。)

18 それゆえ、一人の違反によって裁きがすべての人に及び、罪の宣告に至ったように、一人の義によって、無償の賜物はすべての人に及び、命の義とすることに至った。

19 一人の人の不従順によって多くの者が罪人とされたように、一人の人の従順によって多くの者が義人とされるからである。

20 さらに律法が入り込んだのは、違反が増すためである。しかし、罪が増したところでは、恵みはなおいっそう満ちあふれた。

21 罪が死において支配したように、恵みも義を通して永遠の命に至るまで支配するためである。イエシュア・メシアによってである。

第6章

1 それでは、何と言おうか。恵みが増すために、我らは罪の中にとどまるべきか。

2 ヤハウェが禁じられる。罪に対して死んだ我らが、どうしてなお罪の中に生きることができようか。

3 あなたがたは知らないのか。イエシュア・メシアにバプテスマを受けた我らはみな、その方の死にバプテスマを受けたのである。

4 それゆえ我らは、バプテスマによって死にその方と共に葬られた。メシアが父の栄光によって死者の中から起こされたように、我らも命の新しさの中を歩むためである。

5 我らがその方の死の類似に植え付けられて一つとなったのなら、その方の復活の類似においてもそうなるからである。

6 我らは知っている。我らの古い人はその方と共に十字架につけられた。罪の体が滅ぼされ、今後我らが罪に仕えることのないためである。

7 死んだ者は、罪から解放されているからである。

8 もし我らがメシアと共に死んだのなら、その方と共に生きることも信じている。

9 メシアが死者の中から起こされて、もはや死ぬことはないと知っているからである。死はもはやその方を支配しない。

10 その方が死なれたのは、罪に対して一度死なれたのである。しかし、その方が生きておられるのは、ヤハウェに対して生きておられるのである。

11 同様にあなたがたも、自分自身は罪に対して死んだ者であり、イエシュア・メシアを通してヤハウェに対して生きている者とみなしなさい。

12 それゆえ、罪があなたがたの死ぬべき体を支配し、あなたがたがその欲望に従うようなことがあってはならない。

13 また、あなたがたの肢体を、不義の道具として罪に差し出してはならない。むしろ、死者の中から生きている者として自分自身をヤハウェに差し出し、あなたがたの肢体を義の道具としてヤハウェに差し出しなさい。

14 罪はあなたがたを支配しないからである。あなたがたは律法の下ではなく、恵みの下にあるからである。

15 それではどうなのか。我らは律法の下ではなく恵みの下にあるから、罪を犯すべきか。ヤハウェが禁じられる。

16 あなたがたは知らないのか。あなたがたが従うしもべとして自分自身を差し出す者、その者のしもべがあなたがたである。死に至る罪のしもべか、義に至る従順のしもべかである。

17 しかしヤハウェに感謝する。あなたがたは罪のしもべであったが、あなたがたに伝えられた教えの型に、心から従ったからである。

18 罪から解放されたあなたがたは、義のしもべとなった。

19 わたしは、あなたがたの肉の弱さのゆえに、人の仕方で語っている。あなたがたが自分の肢体を、汚れのしもべとして、また不法のしもべとして、不法のために差し出したように、今、自分の肢体を、聖さに至る義のしもべとして差し出しなさい。

20 あなたがたが罪のしもべであった時、あなたがたは義から自由であったからである。

21 それでは、その時、あなたがたは、今では恥じているそれらのことから、どんな実を得たのか。それらのことの終わりは死である。

22 しかし今、罪から解放され、ヤハウェのしもべとなったあなたがたは、聖さに至る実を持ち、その終わりは永遠の命である。

23 罪の賃金は死である。しかし、ヤハウェの賜物は、イエシュア・メシアを通しての永遠の命である。

第7章

1 兄弟たち、あなたがたは知らないのか(わたしは律法を知っている者たちに語っている)。律法は、人が生きている間、その人を支配するのである。

2 夫のある女は、夫が生きている間、律法によって夫に結ばれている。しかし夫が死ねば、夫の律法から解かれるからである。

3 それゆえ、夫が生きている間に他の男と結婚すれば、姦淫の女と呼ばれる。しかし夫が死ねば、その律法から自由であり、他の男と結婚しても姦淫の女ではない。

4 それゆえ、わたしの兄弟たち、あなたがたもメシアの体を通して律法に対して死んだ者となった。あなたがたが別の方と、すなわち死者の中から起こされた方と結婚し、我らがヤハウェに対して実を結ぶためである。

5 我らが肉にあった時、律法による罪の情欲が我らの肢体のうちに働き、死に対して実を結んだからである。

6 しかし今、我らは律法から解かれた。我らを捕らえていたものにおいて死んだからである。我らが、文字の古さではなく、霊の新しさにおいて仕えるためである。

7 それでは、何と言おうか。律法は罪なのか。ヤハウェが禁じられる。そうではない。わたしは律法によらなければ罪を知らなかった。律法が「貪るな」と言わなければ、わたしは欲望を知らなかったからである。

8 しかし罪は、戒めによって機会を得て、わたしのうちにあらゆる貪欲を生じさせた。律法がなければ、罪は死んでいるからである。

9 わたしはかつて、律法なしに生きていた。しかし戒めが来た時、罪は生き返り、わたしは死んだ。

10 命に至るはずの戒めが、わたしにとって死に至るものであることが分かった。

11 罪が、戒めによって機会を得て、わたしを欺き、それによってわたしを殺したからである。

12 それゆえ、律法は聖であり、戒めは聖であり、正しく、善である。

13 それでは、善であるものがわたしにとって死となったのか。ヤハウェが禁じられる。そうではない。罪が罪として現れるためである。罪は、善であるものを通してわたしのうちに死を生じさせ、戒めによって罪がいっそう罪深いものとなるためである。

14 我らは知っている。律法は霊的である。しかしわたしは肉的であり、罪の下に売られている。

15 わたしが行うことを、わたしは認めない。わたしが望むことを行わず、憎むことを行うからである。

16 もしわたしが、望まないことを行うなら、律法が善であることに同意している。

17 それゆえ今、それを行うのはもはやわたしではなく、わたしのうちに住む罪である。

18 わたしのうちに、すなわちわたしの肉のうちに、善が住んでいないことを知っているからである。善を望むことはわたしにあっても、善を行うことは見出せない。

19 わたしは、望む善を行わず、望まない悪を行うからである。

20 もしわたしが、望まないことを行うなら、それを行うのはもはやわたしではなく、わたしのうちに住む罪である。

21 それゆえわたしは一つの律法を見出す。善を行おうとするわたしに、悪が共にあるということである。

22 わたしは内なる人において、ヤハウェの律法を喜ぶからである。

23 しかし、わたしの肢体のうちに別の律法があるのを見る。それはわたしの心の律法と戦い、わたしの肢体のうちにある罪の律法に、わたしを捕らえていく。

24 わたしは惨めな人間である。この死の体から、だれがわたしを救い出してくれるのか。

25 イエシュア・メシアを通してヤハウェに感謝する。それゆえ、わたし自身は心ではヤハウェの律法に仕え、肉では罪の律法に仕えている。

第8章

1 それゆえ今、メシア・イエシュアにある者たちには、罪の宣告はない。彼らは肉にしたがってではなく、霊にしたがって歩む。

2 メシア・イエシュアにある命の霊の律法が、罪と死の律法からわたしを解放したからである。

3 律法が、肉によって弱くてできなかったことを、ヤハウェがなされた。御子を罪ある肉の姿で、罪のために遣わし、肉において罪を罪と宣告されたのである。

4 律法の義の要求が、肉にしたがってではなく、霊にしたがって歩む我らのうちに全うされるためである。

5 肉にしたがう者たちは肉のことを思い、霊にしたがう者たちは霊のことを思うからである。

6 肉的に思うことは死であり、霊的に思うことは命と平安である。

7 肉の思いはヤハウェに対する敵意だからである。それはヤハウェの律法に服さず、服することもできない。

8 それゆえ、肉にある者たちはヤハウェを喜ばせることができない。

9 しかし、あなたがたは肉にあるのではなく、霊にある。ヤハウェの霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、である。もしだれかがメシアの霊を持っていないなら、その人はその方のものではない。

10 もしメシアがあなたがたのうちにおられるなら、体は罪のゆえに死んでいる。しかし霊は、義のゆえに命である。

11 もし、死者の中からイエシュアを起こした方の霊があなたがたのうちに住んでいるなら、死者の中からメシアを起こした方は、あなたがたのうちに住むその方の霊によって、あなたがたの死ぬべき体をも生かされる。

12 それゆえ兄弟たち、我らは負債者であるが、肉にしたがって生きるために肉に対してではない。

13 もしあなたがたが肉にしたがって生きるなら、死ぬ。しかし、霊によって体の行いを殺すなら、生きるからである。

14 ヤハウェの霊によって導かれる者はみな、ヤハウェの子らであるからである。

15 あなたがたは、再び恐れるための奴隷の霊を受けたのではない。子とする霊を受けたのである。それによって我らは「アバ、父よ」と叫ぶ。

16 その霊自身が、我らの霊と共に、我らがヤハウェの子らであることを証しする。

17 子らであるなら、相続人でもある。ヤハウェの相続人であり、メシアと共同の相続人である。その方と共に苦しむなら、共に栄光をも受けるためである。

18 わたしは考える。今の時の苦しみは、我らのうちに現される栄光と比べるに値しない、と。

19 被造物は、ヤハウェの子らの現れを切に待ち望んでいるからである。

20 被造物は虚しさに服した。それは自ら望んだのではなく、服させた方によるものであり、希望のうちに服したのである。

21 被造物自体も、腐敗の奴隷状態から解放され、ヤハウェの子らの栄光の自由に入るからである。

22 我らは知っている。全被造物が、今まで共にうめき、共に産みの苦しみをしていることを。

23 それだけでなく、霊の初穂を持つ我ら自身も、自分のうちにうめいている。子とされること、すなわち我らの体の贖いを待ち望んでいるのである。

24 我らは希望によって救われたからである。しかし、見える希望は希望ではない。人が見ているものを、なぜなお望むのか。

25 しかし、見ていないものを望むなら、忍耐をもってそれを待ち望む。

26 同様に、霊も我らの弱さを助ける。我らは何を祈るべきかを知らない。しかし霊自身が、言葉にできないうめきをもって、我らのためにとりなしをされる。

27 心を探る方は、霊の思いが何であるかを知っておられる。その霊が、ヤハウェの御心にしたがって、聖徒たちのためにとりなしをされるからである。

28 我らは知っている。ヤハウェを愛する者たち、すなわちその方の目的にしたがって召された者たちには、すべてのことが共に働いて益となることを。

29 その方が前もって知っておられた者たちを、その方は、御子の姿に似た者となるよう前もって定められた。御子が多くの兄弟たちの中で長子となるためである。

30 また、その方が前もって定めた者たちを、その方は召しもした。召した者たちを、その方は義ともした。義とした者たちを、その方は栄光をも与えた。

31 それでは、これらのことに対して何と言おうか。ヤハウェが我らの味方であるなら、だれが我らに敵対できようか。

32 御子を惜しまず、我らすべてのために引き渡された方が、どうしてその方と共に、すべてのものを我らに無償で与えないことがあろうか。

33 だれがヤハウェの選ばれた者たちを訴えるのか。義とするのはヤハウェである。

34 だれが罪に定めるのか。死なれたのはメシアである。いやむしろ、起こされた方であり、ヤハウェの右におられ、我らのためにとりなしをもされる。

35 だれが我らをメシアの愛から引き離すのか。苦難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か。

36 こう書かれているとおりである。「あなたのゆえに、我らは一日中殺され、屠られる羊とみなされた」。

37 しかし、これらすべてのことにおいて、我らを愛された方を通して、我らは勝ち得て余りある者である。

38 わたしは確信している。死も命も、天使たちも、支配者たちも、権力たちも、今あるものも、来るべきものも、

39 高さも深さも、他のどんな被造物も、我らをヤハウェの愛から引き離すことはできない。その愛はメシア・イエシュアにある。

第9章

1 わたしはメシアにあって真理を言い、偽りを言わない。わたしの良心も、聖霊においてわたしと共に証ししている。

2 わたしには大きな悲しみがあり、心に絶え間ない痛みがあることを。

3 わたしは、自分の兄弟たち、肉による同胞のために、自分自身がメシアから呪われた者となることさえ願えたほどである。

4 彼らはイスラエル人である。彼らに、子とされること、栄光、契約、律法の授与、ヤハウェへの奉仕、約束が属している。

5 彼らに父祖たちが属し、彼らから肉にしたがってメシアが来られた。その方はすべてのものの上にあり、永遠にほめたたえられるイエシュアである。アーメン。

6 しかし、ヤハウェの言葉が効力を失ったわけではない。イスラエルから出た者がみなイスラエルなのではないからである。

7 また、彼らがアブラハムの子孫であるからといって、みなが子らなのではない。むしろ、「イサクによって、あなたの子孫と呼ばれる」のである。

8 すなわち、肉の子らがヤハウェの子らなのではない。約束の子らが子孫とみなされるのである。

9 約束の言葉はこうであるからである。「この時期にわたしは来る。そしてサラには息子が生まれる」。

10 それだけではない。リベカも一人の人、我らの父イサクによって身ごもった時、

11 (子らはまだ生まれておらず、善も悪も行っていなかったが、選びによるヤハウェの目的が立つためであり、行いによるのではなく、召す方によるのである)

12 彼女にこう言われた。「年上の者が年下の者に仕える」。

13 こう書かれているとおりである。「ヤコブをわたしは愛し、エサウを憎んだ」。

14 それでは、何と言おうか。ヤハウェに不正があるのか。ヤハウェが禁じられる。

15 その方はモーセに言われるからである。「わたしは憐れもうとする者を憐れみ、慈しもうとする者を慈しむ」。

16 それゆえ、それは望む者によるのではなく、走る者によるのでもなく、憐れみを示されるヤハウェによるのである。

17 聖書はファラオに言っているからである。「まさにこの目的のために、わたしはあなたを立てた。わたしの力をあなたのうちに示し、わたしの名が全地に告げ知らされるためである」。

18 それゆえ、その方は憐れもうとする者を憐れみ、かたくなにしようとする者をかたくなにされる。

19 それでは、あなたはわたしに言うだろう。「なぜその方はなお咎めるのか。その方の御心に逆らった者がいるか」と。

20 しかし人よ、ヤハウェに逆らって答えるあなたは、いったい何者か。形作られたものが、形作った方に「なぜわたしをこのように造ったのか」と言うだろうか。

21 陶器師は粘土に対する権威を持っていないのか。同じ塊から、一つの器を尊い用途に、別の器を卑しい用途に造る権威を。

22 ヤハウェが、怒りを示し、その力を知らせようと望んで、滅びに備えられた怒りの器を、大きな忍耐をもって耐え忍ばれたとしたら、どうなのか。

23 また、栄光のために前もって備えられた憐れみの器の上に、その栄光の豊かさを知らせるためであったとしたら、どうなのか。

24 その器とは我らのことであり、その方はユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも召されたのである。

25 その方はホセアにおいても言われる。「わたしの民でなかった者をわたしの民と呼び、愛されなかった者を愛された者と呼ぶ。

26 そして、彼らに『あなたがたはわたしの民ではない』と言われた場所で、彼らは生けるヤハウェの子らと呼ばれる」。

27 イザヤもイスラエルについて叫んでいる。「イスラエルの子らの数が海の砂のようであっても、残りの者が救われる。

28 その方は御業を成し遂げ、義のうちにそれを短く切り上げられる。ヤハウェは地の上に短い御業をなされるからである」。

29 またイザヤが前に言ったとおりである。「サバオトのヤハウェが我らに子孫を残されなかったなら、我らはソドムのようになり、ゴモラに似た者となっていた」。

30 それでは、何と言おうか。義を追い求めなかった異邦人が義を得た。信仰による義である。

31 しかしイスラエルは、義の律法を追い求めながら、義の律法に到達しなかった。

32 なぜか。彼らが信仰によってではなく、律法の行いによるかのように求めたからである。彼らはそのつまずきの石につまずいた。

33 こう書かれているとおりである。「見よ、わたしはシオンにつまずきの石、妨げの岩を置く。彼を信じる者は恥を見ることがない」。

第10章

1 兄弟たち、わたしの心の願いと、イスラエルのためのヤハウェへの祈りは、彼らが救われることである。

2 わたしは彼らについて証しする。彼らにはヤハウェに対する熱心があるが、知識にしたがっていない。

3 彼らはヤハウェの義を知らず、自分自身の義を立てようとして、ヤハウェの義に服さなかったからである。

4 メシアは、信じるすべての者にとって、義のための律法の終わりであるからである。

5 モーセは、律法による義についてこう書いている。「それらのことを行う人は、それらによって生きる」。

6 しかし信仰による義はこう語る。「あなたの心の中で、『だれが天に上るのか』と言ってはならない」(すなわち、メシアを上から引き降ろすことである)

7 あるいは、「『だれが深淵に下るのか』と言ってはならない」(すなわち、メシアを死者の中から引き上げることである)。

8 しかし、それは何と言っているか。「言葉はあなたに近く、あなたの口とあなたの心にある」。すなわち、我らが宣べ伝える信仰の言葉である。

9 もしあなたが、口でイエシュアを告白し、心で、ヤハウェがその方を死者の中から起こされたと信じるなら、あなたは救われる。

10 人は心で信じて義とされ、口で告白して救いに至るからである。

11 聖書は言っている。「彼を信じる者はだれも、恥を見ることがない」。

12 ユダヤ人とギリシア人の間に区別はないからである。すべての者の上におられる同じイエシュアは、その方を呼び求めるすべての者に豊かである。

13 「イエシュアの名を呼び求める者はだれでも救われる」からである。

14 しかし、信じていない方を、どうして呼び求めることができようか。聞いたことのない方を、どうして信じることができようか。宣べ伝える者がなければ、どうして聞くことができようか。

15 遣わされなければ、どうして宣べ伝えることができようか。こう書かれているとおりである。「平和の福音を宣べ伝え、良いことの知らせをもたらす者たちの足は、なんと美しいことか」。

16 しかし、彼らはみな福音に従ったわけではない。イザヤは言っているからである。「イエシュアよ、我らの報告をだれが信じたのか」。

17 それゆえ、信仰は聞くことから来て、聞くことはヤハウェの言葉による。

18 しかしわたしは言う。彼らは聞かなかったのか。確かに聞いた。「彼らの声は全地に響き、彼らの言葉は世界の果てにまで及んだ」。

19 しかし、わたしは言う。イスラエルは知らなかったのか。まずモーセは言う。「わたしは、民でない者たちによってあなたがたにねたみを起こさせ、愚かな国民によってあなたがたを怒らせる」。

20 しかしイザヤは大胆にも言う。「わたしを求めなかった者たちにわたしは見いだされ、わたしを尋ねなかった者たちにわたしは現れた」。

21 しかしイスラエルに対しては言う。「わたしは一日中、不従順で逆らう民に手を伸ばし続けた」。

第11章

1 そこでわたしは言う。ヤハウェはその民を捨てられたのか。ヤハウェがなさるはずがない。わたし自身もイスラエル人であり、アブラハムの子孫で、ベニヤミン族の者であるからである。

2 ヤハウェは、あらかじめ知っておられたその民を捨てられなかった。あなたがたは、聖書がエリヤについて何と言っているかを知らないのか。エリヤはイスラエルに対してヤハウェに訴えて言う、

3 「ヤハウェよ、彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇を掘り崩しました。わたしだけが残りましたが、彼らはわたしの命を狙っています」。

4 しかし、ヤハウェの答えは彼に何と言うか。「わたしは、バアルの像の前にひざをかがめなかった七千人を、自分のために残しておいた」。

5 同じように、今の時にも、恵みの選びによる残りの者がある。

6 恵みによるのであれば、もはや行いによるのではない。そうでなければ、恵みはもはや恵みではない。しかし行いによるのであれば、もはや恵みではない。そうでなければ、行いはもはや行いではない。

7 では、どうなのか。イスラエルは求めているものを得なかったが、選びの者はそれを得て、残りの者たちは盲目にされた。

8 (書かれているとおり、ヤハウェは彼らに眠りの霊を与え、見ることのできない目と、聞くことのできない耳を与えられた)今日に至るまでである。

9 ダビデは言う。「彼らの食卓がわなとなり、罠となり、つまずきとなり、彼らへの報いとなりますように。

10 彼らの目が暗くなって見えなくなり、彼らの腰をいつもかがませてください」。

11 そこでわたしは言う。彼らは、倒れるためにつまずいたのか。ヤハウェがなさるはずがない。むしろ、彼らの落ち度によって救いは異邦人に来たり、彼らにねたみを起こさせるためである。

12 もし彼らの落ち度が世界の富であり、彼らの減少が異邦人の富であるなら、彼らの満ちることはなおさらどれほどであろうか。

13 わたしは異邦人であるあなたがたに言う。わたしは異邦人の使徒である限り、自分の務めを重んじる。

14 何とかして、肉によるわたしの同胞にねたみを起こさせ、そのうちの幾人かを救うためである。

15 彼らが捨てられることが世界の和解であるなら、彼らが受け入れられることは、死者の中からの命でなくて何であろうか。

16 初物が聖であれば、粉のかたまりも聖である。根が聖であれば、枝も聖である。

17 枝の幾つかが折り取られ、野生のオリーブであるあなたがその間に接ぎ木され、オリーブの木の根と豊かさに共にあずかるようになったとしても、

18 枝に対して誇ってはならない。もし誇るなら、あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのである。

19 あなたは言うであろう。「枝が折り取られたのは、わたしが接ぎ木されるためである」と。

20 そのとおりである。彼らは不信仰のために折り取られ、あなたは信仰によって立っている。高慢にならず、恐れなさい。

21 ヤハウェが自然の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないかもしれないことに気をつけなさい。

22 だから、ヤハウェの慈しみと厳しさを見なさい。倒れた者たちには厳しさ、あなたには慈しみである。あなたがその慈しみの中にとどまり続けるならばである。そうでなければ、あなたも切り取られる。

23 彼らも、不信仰の中にいつまでもとどまらなければ、接ぎ木される。ヤハウェは彼らを再び接ぎ木することがおできになるからである。

24 あなたが自然では野生のオリーブの木から切り取られ、自然に反して良いオリーブの木に接ぎ木されたのであれば、自然の枝である彼らが、自分自身のオリーブの木に接ぎ木されることは、なおさらどれほどであろうか。

25 兄弟たち、わたしはあなたがたがこの奥義を知らずにいて、自分自身の考えで知恵ある者となることのないように願う。すなわち、イスラエルに部分的な盲目が生じたのは、異邦人の満ちる数が入るまでである。

26 こうして、イスラエル全体が救われる。書かれているとおりである。「救う者がシオンから来て、ヤコブから不敬虔を取り除く。

27 わたしが彼らの罪を取り除く時、これが彼らに対するわたしの契約である」。

28 福音に関しては、彼らはあなたがたのゆえに敵であるが、選びに関しては、父たちのゆえに愛されている。

29 ヤハウェの賜物と召しは、変わることがないからである。

30 あなたがたは、かつてヤハウェを信じなかったが、今は彼らの不信仰によってあわれみを受けた。

31 同じように、彼らも今は信じなかったが、それはあなたがたへのあわれみによって、彼らもあわれみを受けるためである。

32 ヤハウェはすべての人を不信仰の中に閉じ込められた。すべての人にあわれみをかけるためである。

33 ああ、ヤハウェの知恵と知識の富は深い。その裁きは測り知れず、その道は究め尽くせない。

34 ヤハウェの心を知った者はだれか。あるいは、その方の相談相手となった者はだれか。

35 あるいは、その方にまず与えて、報いを受ける者はだれか。

36 すべてのものは、その方から、その方によって、その方へとあるからである。その方に永遠に栄光があるように。アーメン。

第12章

1 兄弟たち、わたしはヤハウェのあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたの体を、聖く、ヤハウェに喜ばれる生きた供え物として献げなさい。それがあなたがたの理にかなった務めである。

2 この世に倣ってはならない。むしろ、心を新たにすることによって変えられなさい。何がヤハウェの御心であるか、善く、喜ばれ、完全なものであるかを、わきまえるためである。

3 わたしは、わたしに与えられた恵みによって、あなたがたの中のだれにでも言う。思うべき以上に自分を高く思ってはならない。むしろ、ヤハウェが各自に信仰の量りを分けて与えられたとおりに、慎んで思いなさい。

4 我らは一つの体に多くの部分を持っているが、すべての部分が同じ働きを持っているわけではない。

5 同じように、我ら多くも、メシアにおいて一つの体であり、互いに各自の部分である。

6 我らに与えられた恵みにしたがって異なる賜物を持つのであれば、預言であれば、信仰の割合にしたがって預言しなさい。

7 奉仕であれば、奉仕に励みなさい。教える者は教えることに、

8 勧める者は勧めることに励みなさい。与える者は惜しみなく与え、治める者は熱心に治め、あわれみを示す者は喜んで行いなさい。

9 愛には偽りがあってはならない。悪を憎み、善に固く結びつきなさい。

10 兄弟の愛をもって互いに優しく愛し合い、尊敬において互いに先んじなさい。

11 務めに怠らず、霊に熱く、イエシュアに仕え、

12 望みにあって喜び、患難に忍耐し、祈りに絶えず励み、

13 聖徒たちの必要に応じて分け与え、旅人をもてなすことに努めなさい。

14 あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福して、呪ってはならない。

15 喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。

16 互いに同じ思いを持ち合いなさい。高いことを思わず、低い身分の人々と身を低くして交わりなさい。自分自身の考えで知恵ある者となってはならない。

17 だれにも悪をもって悪に報いてはならない。すべての人の目の前で立派なことを用意しなさい。

18 できるなら、あなたがたの側にある限り、すべての人と平和に暮らしなさい。

19 愛する者たち、自分で復讐してはならない。むしろ、怒りに場所を与えなさい。書かれているからである。「復讐はわたしのもの、わたしが報いる、とヤハウェは言われる」。

20 だから、あなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むのである。

21 悪に負けてはならない。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

第13章

1 すべての魂は、上にある権力に従いなさい。ヤハウェによるのでない権力は存在しないからである。存在する権力はヤハウェによって定められている。

2 だから、権力に逆らう者は、ヤハウェの定めに逆らうのである。逆らう者は、自分自身に裁きを受ける。

3 支配者たちは、善い行いにとってではなく、悪い行いにとって恐ろしい存在である。権力を恐れたくないのか。善いことを行いなさい。そうすれば、その者から称賛を受ける。

4 その者は、あなたに善を行うためのヤハウェの奉仕者であるからである。しかし、悪いことを行うなら、恐れなさい。その者は剣を無駄に帯びてはいない。その者はヤハウェの奉仕者であり、悪いことを行う者に怒りをもって報復する者であるからである。

5 だから、怒りのためだけでなく、良心のためにも従わなければならない。

6 このゆえに、あなたがたは税も納める。彼らはヤハウェの奉仕者であり、まさにこのことに絶えず仕えているからである。

7 すべての人に、それぞれの受けるべきものを返しなさい。税を受けるべき者には税を、関税を受けるべき者には関税を、恐れるべき者には恐れを、尊敬を受けるべき者には尊敬を。

8 互いに愛することのほかは、だれにも何も負債を持ってはならない。人を愛する者は、律法を満たしたのである。

9 「姦淫してはならない、殺してはならない、盗んではならない、偽りの証言をしてはならない、貪ってはならない」であり、ほかにどんな戒めがあっても、「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」というこの言葉の中に要約されているからである。

10 愛は隣人に悪いことをしない。だから、愛は律法を満たすものである。

11 その上、時を知りなさい。今は眠りから覚めるべき時である。我らの救いは、信じた当時よりも今は近づいているからである。

12 夜は深く過ぎ去り、昼が近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨て、光の武具を身に着けよう。

13 昼であるかのように立派に歩もう。宴騒ぎや酩酊、淫らな行いや放縦、争いやねたみにおいてではなく。

14 むしろ、イエシュア・メシアを身に着け、肉の欲望を満たすために肉への備えをしてはならない。

第14章

1 信仰の弱い者を受け入れなさい。しかし、疑わしい議論のためではない。

2 ある人は何を食べてもよいと信じ、弱い別の人は野菜を食べる。

3 食べる者は食べない者を軽んじてはならず、食べない者は食べる者を裁いてはならない。ヤハウェがその人を受け入れられたからである。

4 他人のしもべを裁くあなたはだれか。その人は自分の主人に対して立ちも倒れもする。いや、その人は立たせられる。ヤハウェはその人を立たせることがおできになるからである。

5 ある人はある日をほかの日より重んじ、別の人はすべての日を同じように重んじる。各自が自分の心の中で十分に確信しなさい。

6 日を重んじる者は、イエシュアのために重んじ、日を重んじない者は、イエシュアのために重んじない。食べる者はイエシュアのために食べ、ヤハウェに感謝するからである。食べない者はイエシュアのために食べず、ヤハウェに感謝する。

7 我らのうちだれも、自分自身のために生きる者はなく、だれも自分自身のために死ぬ者はない。

8 我らが生きるなら、イエシュアのために生き、死ぬなら、イエシュアのために死ぬからである。だから、生きていても死んでも、我らはイエシュアのものである。

9 このために、メシアは死に、よみがえり、再び生きられた。死者と生ける者のイエシュアとなるためである。

10 しかし、あなたはなぜ兄弟を裁くのか。あるいは、あなたはなぜ兄弟を軽んじるのか。我らは皆、メシアの裁きの座の前に立つからである。

11 書かれているからである。「わたしは生きている、とヤハウェは言われる。すべてのひざはわたしにひざまずき、すべての舌はヤハウェに告白する」。

12 だから、我ら各自は、自分についてヤハウェに申し開きをする。

13 だから、もはや互いに裁き合うのはやめよう。むしろ、兄弟の道につまずきの石や、倒れる機会を置かないことを裁きとしなさい。

14 わたしは知っており、イエシュアによって確信している。何ものもそれ自体では汚れていない。しかし、何かを汚れていると考える者にとっては、それは汚れている。

15 しかし、あなたの食べ物のゆえに兄弟が悲しむなら、あなたはもはや慈しみをもって歩んでいない。メシアがその人のために死なれたその人を、あなたの食べ物によって滅ぼしてはならない。

16 だから、あなたがたの善いことが悪く言われることのないようにしなさい。

17 ヤハウェの国は飲み食いではなく、聖霊における義と平安と喜びであるからである。

18 これらのことにおいてメシアに仕える者は、ヤハウェに喜ばれ、人々に認められるからである。

19 だから、平和に役立つことと、互いの向上に役立つことを追い求めよう。

20 食べ物のゆえにヤハウェの働きを滅ぼしてはならない。すべてのものは確かに清い。しかし、つまずかせながら食べる者にとっては悪である。

21 肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、兄弟がつまずいたり、妨げられたり、弱くなったりする何ものもしないのは善いことである。

22 あなたに信仰があるのか。ヤハウェの前で自分自身のために持ちなさい。自分が許すことにおいて自分を罪に定めない者は幸いである。

23 疑いながら食べる者は、食べれば罪に定められる。信仰から出た食べ方ではないからである。信仰から出ないものはすべて罪である。

第15章

1 強い我らは、弱い者たちの弱さを負い、自分自身を喜ばせるべきではない。

2 我ら各自は、隣人の善のために、その向上のために隣人を喜ばせなさい。

3 メシアも自分自身を喜ばせなかったからである。書かれているとおりである。「あなたをののしる者たちのののしりは、わたしの上に落ちた」。

4 以前に書かれたものはすべて、我らの学びのために書かれた。我らが聖書の忍耐と慰めによって望みを持つためである。

5 忍耐と慰めのヤハウェが、メシア・イエシュアにしたがって、互いに同じ思いを持つことをあなたがたに与えてくださいますように。

6 あなたがたが心を一つにし、口を一つにして、我らのイエシュア・メシアの父であるヤハウェに栄光を帰すためである。

7 だから、互いに受け入れ合いなさい。メシアも、ヤハウェの栄光のために我らを受け入れられたようにである。

8 わたしは言う。イエシュア・メシアは、ヤハウェの真理のために割礼の者たちの奉仕者となられた。父たちになされた約束を確かにするためであり、

9 異邦人がそのあわれみのゆえにヤハウェに栄光を帰すためである。書かれているとおりである。「このゆえに、わたしは異邦人の中であなたに告白し、あなたの名に歌います」。

10 また再び言う。「異邦人よ、その民と共に喜べ」。

11 また再び、「すべての異邦人よ、ヤハウェをほめたたえよ。すべての民よ、その方をたたえよ」。

12 また再び、イザヤは言う。「エッサイの根が生じ、異邦人を治めるために立ち上がる者がいる。異邦人はその方に望みを置く」。

13 望みのヤハウェが、信じることにおけるすべての喜びと平安であなたがたを満たしてくださいますように。あなたがたが聖霊の力によって望みにあふれるためである。

14 わたしの兄弟たち、わたし自身もあなたがたについて確信している。あなたがた自身も善さに満ち、すべての知識に満たされ、互いに戒め合うこともできる。

15 しかし兄弟たち、わたしは幾分かあなたがたに大胆に書いた。思い起こさせるためにである。ヤハウェからわたしに与えられた恵みのゆえにである。

16 わたしが異邦人へのイエシュア・メシアの奉仕者となり、ヤハウェの福音に仕えるためである。異邦人の献げ物が、聖霊によって聖とされて、喜ばれるものとなるためである。

17 だから、わたしはイエシュア・メシアを通して、ヤハウェに関する事柄において誇るものを持っている。

18 メシアがわたしを通して行われなかった事柄については、あえて語ろうとしないからである。異邦人を従順にするため、言葉と行いによってである。

19 力強いしるしと不思議を通し、ヤハウェの霊の力によってである。こうして、エルサレムからイルリコのあたりまで、わたしはメシアの福音を十分に宣べ伝えた。

20 そのように、わたしは福音を宣べ伝えることに努めてきた。メシアの名が唱えられた場所ではなく、ほかの人の土台の上に建てることのないためである。

21 書かれているとおりである。「その方について告げられなかった者たちは見、その方について聞かなかった者たちは理解する」。

22 このゆえに、わたしはあなたがたのところへ行くことを多く妨げられてきた。

23 しかし今は、これらの地方にもはや場所がなく、この何年もあなたがたのところへ行きたいと強く望んできたので、

24 スペインへ旅をする時はいつでも、あなたがたのところへ行く。旅の途中であなたがたに会い、まずあなたがたとの交わりで幾分か満たされてから、あなたがたによってそこへ送り出されることを期待しているからである。

25 しかし今、わたしは聖徒たちに仕えるためにエルサレムへ行く。

26 マケドニアとアカヤの者たちが、エルサレムにいる貧しい聖徒たちのために、ある献金をするのを喜んだからである。

27 彼らは確かに喜んだ。そして、彼らは彼らに負債がある者である。異邦人が彼らの霊的なものにあずかる者とされたのであれば、肉的なものにおいて彼らに仕えることも彼らの務めである。

28 だから、わたしがこのことを成し遂げ、この実を彼らに確かに渡した時、あなたがたを通ってスペインへ行く。

29 わたしがあなたがたのところへ行く時、メシアの福音の祝福の満ちる中で行くことを、わたしは知っている。

30 兄弟たち、わたしはあなたがたに勧める。我らのイエシュア・メシアのゆえに、また霊の愛のゆえに、わたしのためにヤハウェへの祈りにおいて、わたしと共に奮闘しなさい。

31 わたしがユダヤにいる信じない者たちから救い出され、エルサレムのためのわたしの奉仕が聖徒たちに受け入れられるためであり、

32 わたしがヤハウェの御心によって喜びをもってあなたがたのところへ行き、あなたがたと共に休らうためである。

33 平安のヤハウェが、あなたがたすべてと共におられますように。アーメン。

第16章

1 ケンクレヤにある教会の奉仕者である、我らの姉妹フェベをあなたがたに推薦する。

2 あなたがたが彼女をイエシュアにおいて、聖徒たちにふさわしく受け入れ、彼女があなたがたを必要とするどんな用件においても助けるためである。彼女は多くの者たちの助け手であり、わたし自身の助け手でもあったからである。

3 メシア・イエシュアにおけるわたしの同労者、プリスカとアキラに挨拶しなさい。

4 彼らはわたしの命のために、自分自身の首を差し出した。彼らには、わたしだけでなく、異邦人のすべての教会も感謝している。

5 彼らの家にある教会にも挨拶しなさい。わたしの最愛のエペネトに挨拶しなさい。彼はアカヤの初物としてメシアに属する者である。

6 マリアに挨拶しなさい。彼女は我らのために多くの労苦をした。

7 わたしの同胞で共に囚人となったアンデロニコとユニアに挨拶しなさい。彼らは使徒たちの間で名を知られ、わたしより前にメシアに属していた。

8 イエシュアにおけるわたしの最愛のアムプリアに挨拶しなさい。

9 メシアにおける我らの同労者ウルバノと、わたしの最愛のスタキスに挨拶しなさい。

10 メシアにおいて認められたアペレに挨拶しなさい。アリストブロの一家の者たちに挨拶しなさい。

11 わたしの同胞ヘロデオンに挨拶しなさい。イエシュアにあるナルキソスの一家の者たちに挨拶しなさい。

12 イエシュアにおいて労苦するトリフェナとトリフォサに挨拶しなさい。最愛のペルシスに挨拶しなさい。彼女はイエシュアにおいて多くの労苦をした。

13 イエシュアにおいて選ばれたルフォスと、その母に挨拶しなさい。その母はわたしの母でもある。

14 アスンクリト、フレゴン、ヘルマス、パテロバ、ヘルメスと、彼らと共にいる兄弟たちに挨拶しなさい。

15 フィロロゴとユリア、ネレオとその姉妹、オルンパと、彼らと共にいるすべての聖徒たちに挨拶しなさい。

16 聖い接吻をもって互いに挨拶し合いなさい。メシアの諸教会があなたがたに挨拶する。

17 兄弟たち、わたしはあなたがたに勧める。あなたがたが学んだ教えに反して分裂とつまずきを引き起こす者たちに目を留め、彼らを避けなさい。

18 そのような者たちは、我らのイエシュア・メシアに仕えるのではなく、自分自身の腹に仕え、甘い言葉と美しい言葉によって、素朴な者たちの心を欺くからである。

19 あなたがたの従順はすべての人に知れ渡ったからである。だから、わたしはあなたがたのゆえに喜ぶ。しかし、善については知恵ある者となり、悪については素朴な者となることを願う。

20 平安のヤハウェは、間もなくサタンをあなたがたの足の下で砕かれる。我らのイエシュア・メシアの恵みが、あなたがたと共にあるように。アーメン。

21 わたしの同労者テモテと、同胞のルキオ、ヤソン、ソシパテロが、あなたがたに挨拶する。

22 この手紙を書いたわたしテルテオが、イエシュアにおいてあなたがたに挨拶する。

23 わたしをもてなし、全教会をもてなすガイオがあなたがたに挨拶する。市の財務官エラストと、兄弟クアルトがあなたがたに挨拶する。

24 我らのイエシュア・メシアの恵みが、あなたがたすべてと共にあるように。アーメン。

25 わたしの福音とイエシュア・メシアの宣教にしたがって、あなたがたを堅く立たせることのできる方へ。世の初めから秘密にされてきた奥義の啓示にしたがってである。

26 しかし今は現され、預言者たちの書物によって、永遠のヤハウェの命令にしたがって、信仰の従順のためにすべての国民に知らされた。

27 知恵ある唯一のヤハウェに、イエシュア・メシアを通して永遠に栄光があるように。アーメン。